ストレンジャー彼女
◆ あらすじ ◆
とあるワンルームマンションの一室で、部屋主の男性(35)と、その異母兄妹である女性(19)の遺体が、そしてダンボールの中からえい児の遺体2体と、身長120㎝の男児の遺体の、計5遺体が発見された。
その部屋で同居していたはずのオニヅカクマコ(54)は失踪したまま行方はわからなくなっていた。
そしてそのマンション近隣の住宅街一区画で、何らかの病が伝染したかのように、凶悪な殺人犯罪が次々に起こり、人々からうち捨てられた。
その場所にオニヅカクマコは戻ってきた。中断したままの、再開発建築現場のエレベーターに住み着いたクマコは、そこであるパワーを授かった。そのエレベーターは地底と天上に繋がっていて、そこに住む「亡き者」とコミュニケーションをとることができるという。死んだ5人の子供達の霊と暮らし始めたクマコは、そこで降霊会を行う。
ある日そこに、ロミエという腐女子が継母のハズキを連れてやってきた。
ロミエは死に囚われていた。いや、殺人の妄想を抱いていた。人を殺してみたいという欲望に囚われていた。ロミエには命の重みやら人の尊厳やらがなんだかよくわからなくなっていた。その上、生ものとしての、肉体の弱さや儚さ、脆さ、繊細さ、に魅了されていた。
それを知ったハズキは、このままではロミエが、神戸の14歳、酒鬼薔薇聖斗くんのようになってしまうかもしれないと心配し、噂を聞きつけクマコのところに連れてきたのだった。
クマコの降霊会によって、殺した人、殺された人の死霊生き霊に会わせてもらい、彼らからの声を直に聴かせて、そういった犯罪行為の残酷さを知らせてもらおうと思ったのだ。
しかし、そういったハズキの目論見とはまったく別の方向に、降霊会は誘われていくのだった。
家族だろうが、夫婦だろうが、同級生だろうが、教え子だろうが、他人だろうが、「殺人」という「コミュニケーション」によって、加害者被害者、お互いがなにを交流させるのか。
人の手により人の命を奪う、奪われる、ということを、命の重みをあえて軽視して考える、これはディスカッション劇である。
「クサイものにはフタをするな」
こんにちは、胡散臭いもの好きのスエヒロです。
2年前よりオカルト事象にハマっていて、徳間書店の「5次元文庫」なるシリーズを読み漁っております。といっても、スエヒロははっきり言って、オカルト事象をまったく信じてもおりませんし、カルトに入信などもしておりません。ただただ楽しくそれらを見聞きしておるのですが、しかし体験したことがある人の言い分は信じようと思っています。それだけ世界の姿は人それぞれによって違うということですが、その点を含めて、なぜそのような怪しげな事柄に魅了されているかと言えば、単刀直入に申せば、「不可解」だから、なのですが、下卑た言い方をすれば、「胡散臭さ」、の一言に尽きるのです。この「胡散臭さ」がたまらないのです。そしてスエヒロは、このような「胡散臭さ」が、なにかを創造するうえでの、人間を描写するうえでの、重要なエレメントのひとつのような気がしてならないのです。人間の弱さの現れです。
そしてもうひとつ、今スエヒロがハマっているのが、凶悪犯罪のルポルタージュを読み漁ることです。スエヒロとしては、これは乱暴な見解であることを承知の上で申せば、「殺人」も十分オカルティックであるということです。「胡散臭い」のです。「殺人」も弱さの現れであり、ものすごく奇妙な超常的現象です。どんな理由事情があれ、「殺人」にいくらも正義的な要素はないと、今現在の人間社会では判断されていて、ほぼ絶対的な「悪」とされています。ではどんなエネルギーが、人を殺すことへの衝動へ駆り立てるのか。本能的に押さえきれないそのエネルギー自体がオカルトだと思えるのです。本当に人は殺さなくても、普段生活している中で、「もうあの人死んじゃえばいいのに」とか思うことは割とあることではないでしょうか。もうその「念」自体がオカルトなのだと思えます。
ということで、今回の「ストレンジャー彼女」では、「凶悪犯罪とオカルト」を材料に、これまでとは違う、「ディスカッション劇」をやろうと思っております。どんなものになるやら、作家としてもぜんぜん予想がつきませんが、とにかく今までと違うことをやろうとしていることは確かなので、ぜひその目で、目撃してはもらえないでしょうか。
